若い地球と進化論

地球の歴史や人間の起源について考えるブログ

虫垂は無用の長物?~痕跡器官と進化の証拠~

久々の更新です。今年も残すところあとわずかとなりました。

 

「昔、盲腸をやりました」という人をご存じの方も多いと思います。正しくは「虫垂(ちゅうすい)が炎症を起こしたため、急性虫垂炎となり、手術によって「虫垂」を切除しました」ということを意味しています。盲腸と虫垂はつながってはいますが、異なる臓器です。

かつて、虫垂は有用であったが、今では役に立たない無用の臓器であるから、手術で取っても構わない、と考えられていた時代もありました。また、人間の虫垂は進化の証拠、いわゆる「痕跡器官」である、と信じている方もおられるようです。

今回は「虫垂」を例に、①虫垂は本当に無用の長物(ちょうぶつ)なのか、痕跡器官は進化の証拠なのか、について考えてみたいと思います。

 

 

1.虫垂は無用の長物なのか?

 

【虫垂は腸の一部】

腸というと一般的に小腸と大腸のことを指します。小腸は胃と大腸をつなぎ、口に近い方から順に「十二指腸、空腸、回腸」と呼ばれます。大腸は小腸と肛門をつなぎ、口に近い方から順に「盲腸、結腸、直腸」と呼ばれます。小腸(回腸)は大腸の途中につながるので、大腸の片側は盲端になっており、そのため盲腸という名前がついています。虫垂は盲腸から垂れ下がっている、長さ約5cm、太さ約5mm位のイモムシ型の臓器です(図1参照)。虫が垂れるので虫垂というわけです。虫垂の長さは個人差があって、最長20cm位になる人もいるようです。

 

図1 回腸~盲腸接続部(回盲部)の解剖

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Vermiform Process:虫垂 Cecum:盲腸 Colon:結腸 Ileum:回腸

盲腸 - Wikipedia より

 

虫垂炎とは?】

虫垂炎は、虫垂の入り口が何らかの原因で(例えば糞石など)せまくなり、中で細菌が増殖することで炎症を起こし、虫垂の内圧が高くなって痛みが生じてきます。症状が進むと虫垂が破れ(いわゆる穿孔という状態)、細菌がおなかの中に散らばって腹膜炎を惹き起し、命取りになる場合もあります。

虫垂炎の生涯罹患率(一生の間に虫垂炎になる確率)は10%程度と言われ、入院が必要な腹痛の代表的な疾患です。画像診断が発達する前は、確定診断がつかず、まずはおなかを開けて中を見てみようと手術になることや、別の手術のついでに虫垂もとってしまったということもあったようです。

その背景には、虫垂は生理的には機能をもたない「痕跡器官」であるため、将来虫垂炎を起こさないように予防的に切除してもよい、という考え方があったことも大きく影響しているでしょう。

しかし、最近では、超音波やCTなど画像診断の進歩、虫垂の役割が詳しくわかってきたたこと、入院費用や手術による合併症、将来腸閉塞になるリスクなどが考慮され、手術ではなく保存的に、つまり抗生物質で治療する(いわゆる、散らすというやつですね)ことも増えてきました。

 

虫垂炎の治療】 

"The New England Journal of Medicine"は、世界で最も権威のある医学雑誌のひとつです。この雑誌の2015年5月のある号に「Acute Appendicitis - Appendectomy or the "Antbiotics First" Strategy (急性虫垂炎-緊急手術か、まず抗生物質か?)」というタイトルの論文がありました。無料ではみることができませんが、この論文のポイントは以下の5点です。

  • 急性虫垂炎には今でも手術が第一選択である。
  • しかし、最初に抗生物質で治療開始しても、手術と比べ虫垂穿孔をきたすなどの合併症が増えるわけではない。
  • 抗生物質で治療した場合、後々一定の割合で再発し手術となる人もいる。
  • 虫垂は、腸内細菌を正常化させる働きがあると考えられている。
  • 虫垂を切除すると「偽膜性腸炎」という感染症が再発しやすくなる。

 

【虫垂の機能】 

かつては「無用の長物」と揶揄(やゆ)されたことのある「虫垂」ですが、免疫学的に重要な役割を果たすリンパ組織であり、いわゆる善玉菌の貯蔵庫となっていて、腸内細菌を正常に保つ重要な働きがあるという考えかたが主流となってきています。しかし、逆に虫垂を切除した方が、潰瘍性大腸炎など炎症性腸疾患の発症を抑えることができたという報告もあり、虫垂の存在の是非については、まだまだわからないことも多いようです。

医師になりたての研修医であれば、一度は目を通したことのある「レジデントノート」という雑誌に虫垂についての特集がありました。医療関係者、興味のある方は、下記をご一読することをお勧めします。

【第11回 虫垂は無用の長物か?】~レジデントノート2015年8月号より

 

 

2.痕跡器官は進化の証拠なのか?

 

痕跡器官とは?】

痕跡器官」とは何でしょうか。痕跡器官の具体例として、虫垂の他に、尾骨、耳を動かす筋肉、クジラやニシキヘビの後ろ足などについて聞いたことがあるかもしれません。痕跡器官について、Wikipediaには次のように紹介されています。

生物の進化の過程で、ある器官が次第に縮小、単純化してゆくことを退化という。退化が進めば最終的にはその器官が消失してしまうことはまれでない。このような過程で、わずかにその存在が認められるものが痕跡器官だと考えられている。(中略) 痕跡器官の存在は、生きた生物に於いてこの途中を見ることができるものとして、重要な証拠であり得る。

上記では、痕跡器官の存在は進化の証拠である、と述べられていますが、実際のところ、縮小、単純化していく様を誰もこの目で見て確認したことがないので、本当に退化してきたのかどうかはわかりません。つまり痕跡器官とは、進化論が正しいと仮定した時に、ある生物群の進化の道すじを説明するひとつの考え方に過ぎない、ということに注意が必要です。

 

【虫垂が痕跡器官となった背景】

かつて虫垂が痕跡器官だと考えられていた理由は、ウマのような草食動物では、人間と比べ盲腸や虫垂が長くて大きいからだとよく言われています。例として、人間とウサギの消化器系を比べてみましょう(図2参照)。

 

図2 人間とウサギの消化管の比較

 

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 引用元:”Better Late Than Never" 生物学 第2版 第34章 動物の栄養摂取と消化器系 - Japanese translation of “Biology 2e”より 

 

つまり、草食動物は人間より大きな盲腸や虫垂を持っている。草食動物は人間よりも下等な動物である。だから、草食動物では有用だった盲腸や虫垂は、進化の過程で不要になった、つまり痕跡器官だというわけです。けれども人間と草食動物のどちらが進化しているか、比較できるのでしょうか。草食動物の消化管は、一般的に肉食動物の消化管より長いです。これは食物となる草木は消化に時間がかかるからです。食生活が異なれば、生理機能も当然異なるので、全ての違いを進化で説明するのは無理があるように思います。

虫垂が痕跡器官であるという考え方には、まだおかしな点があります。痕跡器官の本来の意味は「進化の過程で縮小、退化してきたもの」ですから、比較するべきモノは(ウサギと人間の)共通祖先の「臓器」と人間の「臓器」であるべきではないでしょうか。図2では、ウサギと人間の盲腸の違いの方がわかりやすいので、盲腸を例に下図に示します(図3参照)。

 

図3 進化論に基づくウサギと人間の進化の道すじ 

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進化論では、ウサギと人間の共通祖先とされるものがいたはずだと信じられていますが、それがどんな生物だったのか、現時点ではわかっておらず、当然化石も特定されていません。もし、今後これが共通祖先ではないか、という化石がみつかったとしても、化石に臓器が残っているはずはないので、比較することはできないでしょう。ある臓器について、祖先と比較することができなければ、痕跡器官の定義自体もおかしなことになってしまいますね。

 

まとめ 

以上述べてきたように、痕跡器官とされてきたものの中に新たな役割が発見され、決して痕跡とは言えないことが明らかになってきました。虫垂以外では、脾臓にも新たな役割が解明されたというニュースがありました(2009年と少し古いですが)。

 

また、ある臓器が痕跡器官であるとする考え方は常に誤解を生んでいます。なぜなら、痕跡器官について比較される生物同士は(ウサギと人間のように)ともに現代に生存しており、進化の道すじにおける祖先と子孫の関係にないという問題があるからです。

 

今年の記事はこれが最後となります。今年もブログを訪れてくださりありがとうございます。不勉強な部分も多々ありますが、来年もわかりやすい記事をお届けしたいと考えています。よろしくお願いいたします。