若い地球と進化論

地球の歴史や人間の起源について考えるブログ

科学と信仰は両立できるのか?

よく「科学と信仰は両立できるのでしょうか?」と聞かれることがあります。ここで言う「信仰」とは、天地万物を創った唯一の神(=創造主)がいると教えている信仰、すなわち、アブラハムを信仰の祖とする、ユダヤ教キリスト教イスラム教のことを指します。

 この質問の背景には、「進化論=科学」「信仰=進化論を否定する」、つまり、信仰が科学を否定しているから、「科学と信仰は両立しない」のではないか、という思いが見え隠れします。また進化論は、基本的に無神論であることも影響しているでしょう。

 けれども「科学と信仰は両立しない」と早合点するのは、物事を単純化しすぎているのではないかと思います。科学と信仰についての理解を深めるための、2つの視点を紹介したいと思います。

 

1.クリスチャンの視点

私はクリスチャンです。クリスチャンの視点からみると、科学者と信仰者は、次の4つのタイプに分類されると思います。

 

進化論を信じる

科学者

進化論を信じない

科学者

クリスチャン

である

 ①  ②

クリスチャン

ではない

 ③  ④

 

 に分類されるのは、クリスチャンの中でも「有神進化論」を信じている人たちです。有神進化論とは、神が命を生まれさせ、その後、進化論の通りに進化を導いたという考え方です。アメリカの遺伝学者で「国際ヒトゲノム計画」を導いた、フランシス・コリンズ博士が有名です。この方の著書として『ゲノムと聖書:科学者、「神」について考える』(2008年 エヌティティ出版という本があります。

 

に分類されるのは、聖書の記述を信じるクリスチャンです。この中には、聖書の記述を字義通り(つまり地球は誕生して約6000年だと)信じるクリスチャンと、天地万物の創造記事に関しては、年代の解釈には比喩が含まれている(地球の年齢は進化論で言う46億年)と信じるクリスチャンがいます。前者を「若い地球の創造論、後者を「古い地球の創造論(漸進創造論)」と呼び分けることもあります。

16世紀以降、偉大な発見をした科学者たち、ガリレオパスカル、ボイル、ケプラーニュートン、ファラデー、レントゲン、パスツール、メンデル他、は聖書を信じるクリスチャンでした。彼らの発見は進化論の発表前なので、若い地球の創造論だったことでしょう。

 

は、新聞やテレビなどのメディアの論調に代表されるいわゆる一般論です。あえて説明する必要はないと思いますが、日本人の多くの方がここにあてはまるのではないでしょうか。

 

に分類されのは、創造主信仰を持っているわけではないが、かと言って、進化論を信じているわけではないという人達です。話題にのぼることが少ないのは、現代の科学界や学会で、進化論を否定すると、科学者としての立場が保証されなくなることがあるので、公に意見を述べることができないのかもしれません。

聖書の神かどうかはわかりませんが「神」という概念を信じている科学者には、素粒子論で有名なカク・ミチオさんがいます。

bigthink.com

  

2.科学の視点

多くの人が「進化論」は科学であることを疑っていませんが、科学は大きく分けると、実験科学と歴史科学の二つに分類されます。それらを比較してみましょう。

 

 研究のヒント

 研究対象   特 徴
 実験科学  現在  現在

 観察可能

 再現可能

 歴史科学  現在  過去

 観察不可能

 再現不可能

 

このうち、実験科学というのが、いわゆる、狭義の「科学」です。科学者によって意見が分かれることはありません。対象について実験し、観察、再現できるので、結果は誰の目にも明らかだからです。

  一方、歴史科学は物事が過去にどのように起きたのかを扱います。現在目にするものをヒントに、過去を推測するのですが、理論化(単純化)するために仮定や前提条件が必須となるので、導かれる結論は、仮定や前提条件に大きく左右されてしまいます。これらの仮定や前提条件は、過去のことなので、確かめようがなく、科学者の持つ世界観(=信仰と言い換えてもよい)で結論が決まるのです

 

歴史科学の例として、犯罪捜査が挙げられます。過去に起きた事件を、残された物的証拠を持って犯人を絞り出し、動機やアリバイ、目撃証言を元に犯人を特定するのです。しかしどれだけ証拠が揃っても犯人が見つからないことや冤罪の歴史が物語るように、客観的に犯人を証明することは困難です。

進化論も歴史科学のひとつです。地層や化石などの物的証拠をもとに、それらは長い悠久の年月を経て進化してきたはずだ、という世界観に基づいて築き上げた科学体系(パラダイム)なのです。ですから、ある岩石の年代を測定し、この体系に合わない結果がでるとその結果は間違いとされて排除されてしまうのです。

 

以上をまとめると、「科学と信仰は両立するのでしょうか?」という問いに対しては「両立する」と言えます。それは過去の偉大な科学者たちの発見をふり返れば、理解できますよね。

また、進化論については、純粋な科学(=実験科学)ではなく、ある世界観(信仰)に基づいた科学であると言えるでしょう。ただ、現在のパラダイムパラダイムとは簡単に言えば、常識であって真理ではありません)のもとでは「進化論は科学ではない」と否定することは、パラダイムを否定することにつながるので、注意が必要です。 

少し難しい話が続きましたね。息抜き?にアメリカで作られた「進化論vs神」という映画を紹介します。ある大学のキャンパスで教授や学生たちに、進化論の証拠をたずね、進化論は信仰であることに気づかせ、神の存在について考えさせる様子を撮影したものです。

是非、最後までご覧ください。

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